inchmag's Letter "What is Cli-Fi?"
11月30日inch magazine PocketStories02『この星を離れた種族』リリース「気候変動が文学に及ぼす影響とは?韓国Cli-Fi小説が描く格差、差別の構造」
新刊の本が出ます。海外短編小説翻訳シリーズ「inch magazine PocketStories」の第二弾、パク・へウル著『この星を離れた種族』を11月30日にリリース予定です。
第一弾『生まれつきの時間』(ファン・モガ著)に続き、韓国のSF小説になります。作者のパク・へウル氏は2018年に第3回韓国科学文学賞長編部門の大賞を受賞し、作家デビュー。前年の2017年第2回韓国科学文学賞中短編部門ではキム・チョヨプ氏(『わたしたちが光の速さで進めないなら』など)が大賞を受賞するなど、SF作家の登竜門として韓国科学文学賞は近年、存在感を強めています。
パク・へウル氏の作品は今回が初邦訳。ジャンルとしては「気候変動フィクション」(Cli-Fi、クライファイ)という、気候変動と文学が交差した比較的に新しい分野の作品。聞きなれない人も多いかと思いますが、本書巻末に掲載しているSF書評家・橋本輝幸氏の解説によると、Cli-Fiは2011年(2007年の説もある)、米ジャーナリストのダン・ブルームという人物によって地球温暖化に警鐘を鳴らすために発案された。最近では熱波が襲うインドを舞台にしたキム・スタンリー・ロビンソン著『未来省』が話題になったが、2005年に米国を襲ったハリケーン・カトリーナをきっかけの一つとして、2010年代から欧米を中心に気候変動が文学に及ぼす影響が顕著に現れ始め、昨今の韓国SF小説でも気候変動が重要なテーマに位置付けられてきているそう。『侍女の物語』などで知られる作家マーガレット・アトウッドは「小説家、映画製作者、そのほかのクリエイターは、しばらく前からこうした(気候の)変化に気付いている。(中略)かつてディストピア小説の舞台といえば、ジョージ・オーウェル『1984年』のような恐ろしい政治体制が主流だったが、今では当たり前に住みやすいと思っていた惑星とはかけ離れた困難な状況を舞台にすることが多い」と語っている。
実際にここ数年の日本の夏の酷暑を語るまでもなく、インドやパキスタンなどでは気温が50℃近くに上がり、2015年には熱波で数千人もの命を奪うというディストピアさながらの事態が現実問題として起こっている。それらの地域では人間が生きられる限界の温度と言われる「湿球温度(しっきゅうおんど)35℃1」に近い日が年間数日はあると言われ、「このまま地球温暖化が進むと2100年には世界人口の4分の3が死に至る熱波に襲われる」という予測も出ている。 現実に差し迫った課題として、気候変動が現代の作家たちの創作に影響を与え始めている。
韓国Cli-Fi小説は現実に寄り添う
今回出版する『この星を離れた種族』は、ショートショート「鉄の種族」と短篇「ゆりかご惑星」の二篇からなる日本独自の企画です。どちらも気候変動により地球から人類が離れる未来を描いたストーリー。ですが、パニックスリラー映画のように研究者などのヒーローが登場する物語ではありません。「鉄の種族」は地球を離れた人類の痕跡を探索する地球外生物の目線で、なぜ地球人がいなくなったのか、地球人とはどういう生物だったのかを予測していくというもの。
一方の「ゆりかご惑星」は気候変動により大洪水で国を失い、難民となった家族の物語。
地球の地図から姿を消した東方の小さな国の、人里離れた海辺の町で私は生まれた。町の沖合ではスケトウダラがよく獲れたが、いつからか突然スケトウダラが消えてイカが獲れるようになり、ついには何も網にかからなくなった。その次は海が陸地を飲み込んだ。町の人たちは故郷を失い、難民となった。
だから、言葉を主に使う職種を選ぶのは難しかった。唯一適性に合いそうなものがゴミ収集車の運転手だったから、この仕事を始めた。給料はかろうじて食べていけるレベルだった。そんなときに、お腹に子供がいることがわかった。
主人公の回想録を通して語られるのは、両親を亡くしてたどり着いた国でゴミ清掃員として働く難民女性のお話。より良い生活のために娘と家族の安全と引き換えに、人類が近い将来、地球外の惑星に移住できるようにテラフォーミング(地球化)する職を得るが、家族と何光年も離れた星でひとりその任務を遂行する中で様々な矛盾に葛藤していく。そして主人公はある行動に出る……。
中短篇の長さながら、この小説には過去と現在、数十年後の未来に至るまでの物語と惑星を越えた母と娘の強いつながり、格差や差別の構造や難民であり女性であるという小さくされやすい立場の人間の目線といった様々な要素が描かれています。翻訳された原稿を頂いたのは1年以上前になるのですが、読後にじんわりと感動したことを思い出します。戦争や侵略、経済格差や人種差別、気候変動が眼前の脅威である時代に、人間の理性を思い出させてくれる物語です。inch magazine PocketStoriesを始めたときに、必ず出したいと思っていた作品で、今回こうして出版することができました。また、ゆりかご惑星はすでにイギリスで映画化が決定されているそうで、韓国発のSF映画としてどんな映像になるのかも楽しみです。
『この星を離れた種族』の発売は11月30日より。11月30日には11時半〜下北沢B&B、同日18時〜東中野platform3にて今回、パク・ヘウル氏の来日に合わせて韓国文学やSFについてのトークイベントがあります。翌12月1日には文学フリマにてパク・ヘウル氏とファン・モガ氏、翻訳者の廣岡孝弥氏による韓国SFブース(き- 40)に出店しています。作家と直接お話できる機会なので、ぜひご参加ください。
温度計を湿った布で覆って測定した、体感温度に近い温度のこと。「湿球温度35℃」は湿度100%で35℃の温度を指し(50%なら46.1℃)、人類が生存できる限界の温度だと言われる。一説では、これを超えると深部体温を下げるために汗をかいても皮膚の熱が外気に逃げられず汗も蒸発してしまうため6時間ほどで死に至るとされる。
event information
11月30日11:30〜本屋B&Bにて、パク・ヘウル×ファン・モガ×inch magazine「新たなる韓国SFの世界」『この星を離れた種族』(inch magazine)『地上適応困難症』W刊行記念
〈韓国Cli-Fi/社会派SF〉
「現実の問題を寓話化することで本質を際立たせるのは、SFが持つ力の一つである。これらの物語を読むことで得られる視点は、今そこにある現実を捉え直すヒントを与えてくれるはずだ」——『この星を離れた種族』訳者解説より
人外・非人間・人間の「外」……。すでにディストピアが到来した世界で、Cli-Fi(気候変動フィクション)を通じて労働問題や社会格差、差別を直視する。韓国の若きSF作家パク・ヘウルさんの初来日イベントです。パク・ヘウルさんは、身体的な条件による社会格差と生命倫理、物事を別の角度から捉える視点の重要性を描いた長編『ギパ』で第3回韓国科学文学賞の大賞を受賞してデビューしました。このたび、Cli-Fi短編「ゆりかご惑星」とショートショート「鉄の種族」をカップリングした『この星を離れた種族』をinch magazineから出版します。2作とも、大きな物語を小さな個人の視点で切り取っているのが特徴です。
トークでは、日本のマンガやゲームの「オタク」を自称するパク・ヘウルさんの作品世界を探ります。2024年に出版された初短編集『ゆりかご惑星』には、マンガやゲームを思わせる作品も収録されています。元マンガ家志望で、デビュー以来の仲間として励まし合ってきたファン・モガさんと一緒に、お二人の作品制作過程や悩みなどをお話しします。ファン・モガさんも、同じタイミングで日本オリジナルとなるSFF短編セレクション『地上適応困難症』を出版します。女性作家がリードする韓国SF出版の現場を作家の観点で眺めるこの機会に、是非足をお運びください。
【出演者プロフィール】
パク・ヘウル
小説家。よく見えるものよりよく見えないものを、大きなものより小さなものを見つめ、その存在を文章を通して伝えようと心掛けている。長編小説『ギパ』で第3回韓国科学文学賞長編部門の大賞を受賞し、SFを書き始めた。アンソロジー 『私たちはこの星を離れることにした』『本から出てくる』『こんなにも美しい世界で』などにも短編を発表し、2024年に短編集『ゆりかご惑星』を出版した。日本語への翻訳は、今回の『この星を離れた種族』が初となる。短編「ゆりかご惑星」は、イギリスでの映画化契約が締結された。
ファン・モガ
『モーメント・アーケード』が第4回韓国科学文学賞中短編部門で大賞受賞し作家デビュー。『ノーバディ・イン・ザ・ミラー』で韓国SFアワード長編小説部門を受賞。邦訳作品は『地上適応困難症』『生まれつきの時間』『スウィート、ソルティ』『透明ランナー』など。未邦訳に『言葉なき者の声』『グリーンレター』など。
廣岡孝弥(ひろおか・たかや)
リトルプレス『トトノイ人』の制作やリトルプレスの編集およびデザイン、サポート業に従事。韓日翻訳者としての訳書に、ファン・モガ『モーメント・アーケード』(クオン)、『生まれつきの時間』(inch magazine PocketStories)などがある。BONUS TRACKにてオープンダイアローグ的対話実践の会を毎週開催している。
お申し込みはこちらから。通訳あり。
11月30日18:00〜東中野platform3にて、【会場参加あり】「新たなる韓国SFの世界」 パク・ヘウル 『この星を離れた種族』刊行記念トークイベント
Inchi Magazineから刊行されるパク・ヘウル著『この星を離れた種族』のトークイベントをplatform3で開催します。作家と訳者が作品について語る貴重な機会です。会場での参加に加え、オンラインでの参加も可能ですので、遠方の方もぜひご参加ください。
※トーク終了後、パク・ヘウル+ファン・モガ共同サイン会を行います
platform3アクセス情報
〒164-0003 東京都中野区東中野1丁目56−5 401号室
JR東中野駅から徒歩1分、西口を出た目の前の角地にある「ホシノビル」の4階です ・JR中央・総武線「東中野駅」から徒歩1分、都営大江戸線「東中野駅」から徒歩2分、東京メトロ東西線「落合駅」からは徒歩7分
お申し込みはこちらから。通訳はファン・モガ氏が担当。